31/03/2026
【葵酒造訪問レポート 後編】
シンガポールで活躍していた青木さんが、異国の地で改めて実感した「日本製」のよさ。そこから日本酒という文化に向き合い、蔵を経営したいと志した先で縁がつながったのが、新潟県長岡市でした。
阿部さん、青木さん、土居さん。それぞれの名前から一文字ずつを取り、立ち上げられた『葵酒造』。メンバーの誰もが縁のなかった土地に集い、駆け抜けてきた1年半。その間に世に送り出した酒は13種類にのぼります。その道のりにあったであろう数々の苦難を思うと、この日、2期目の甑倒しを迎えた皆さんの笑顔がより一層、深く心に残りました。
葵酒造の酒は、特定名称や精米歩合をあえて公開していません。純粋に「酒そのものの価値」で価格を決めたいという思いが、その背景にあります。学生時代に、特定名称などの情報で、価格の大部分が決定されてしまう、というテーマで論文を書いていた、という土居さんの考えとも重なるのだと思います。
それは同時に、自分自身が素直に感じた味わいや、シーンに寄り添う存在としてのお酒、造り手の想いや文化的な背景、その土地の自然やそこに積み重ねられてきた歴史、あるいは私個人の関係性や思い入れなど、スペックや作業コスト、原材料費だけの価値では語れない魅力を、酒屋スタッフとしてお客様に伝えたい、また、そういう伝え方が求められる時代になったのだと、改めて感じさせられました。
阿部さんの造る酒は、もともと“きれい”な印象がありましたが、長岡に移ってからは、さらに透明感を増し、雑味のないクリアな味わいへと昇華しているように感じます。
低アルコールのラインナップが中心でありながら、芯のあるボディを持ち、米の個性でしっかりと骨格を形作っています。
そこに特徴的な心地よい酸と、上品な果実香が重なり、全体にピュアな印象を与えています。長岡の水はこの酒質とよく調和し、非常に相性が良いと阿部さんは語ってくださいました。
五百万石、美山錦、出羽燦々といった溶けにくい米は、夏の高温などの影響でより溶けず、扱いに苦労されたそうですが、その分、仕上がりは非常にクリアでピュア。それぞれの米が持つ繊細な甘みやミネラル感が素直に表現されています。
この日試飲させていただいた発売前の『撫子』。愛山を使ったこのお酒は、愛山らしくふくよかなボディとわかりやすい甘やかさが魅力的で、ボディ感のあるお米の特徴も、よく表れていました。
どのお酒からも感じられたのは、「シンプルでエレガント」という葵酒造の美意識。日本酒にまだ馴染みのない方にも、その魅力を素直に伝えたいという青木さんの想いが、息づいているように感じられました。
蔵見学を終えた後、葵酒造で借りているアパートの一室へ。玄関に並ぶたくさんの靴、限られた調理器具で腕を振るう料理人の姿。「ブレーカーが落ちた」「ゴミはどうする」「わさびがない」——そんな声が飛び交う空間に、どこか学生時代のような懐かしさを感じながら、大きな食卓を囲んでお酒をいただいた時間は、なんとも幸福なひとときでした。
気がつけばすっかり「葵組」の魅力に引き込まれていた私ですが、これからの活躍がますます楽しみになった一日でした。
「あまり日本酒に馴染みのない若い方にも、お寿司屋さんなどで飲んでほしい」青木さんはそう語ってくださいました。
もしかしたらそのまなざしの先には、いつかご自身が感じたように、遠く海外の地で葵の酒と出会い、心を動かされる日本人の若者の姿が見えているのかもしれません。
5年後、10年後——
大きく飛躍している蔵の活躍を見るたびに、この日のことをきっと、懐かしく思い出すのだと思います。そしてそんな蔵のはじめの方の物語に立ち会えたこと、とてもうれしく、忘れがたいものとなりました。
これからもできるだけ親しく経験を共有させていただき、葵酒造の魅力を伝え続けていけたらと、そう願っています。
葵酒造の皆さま。
心温かく迎えてくださり、素晴らしい時間を本当にありがとうございました。
#葵酒造 #日本酒 #ふきのとう